心を軽くする切り替えの力

父の介護が始まり、母と二人で家を支える毎日。介護や家事、仕事に追われ途方に暮れる中、ふとした瞬間に大切なことに気づきました。その気づきが、やがて自分を支える力になっていった――。そのお話を、白くま子さんに伺いました。

白くま子 50歳代未婚子なし フリーライター
家族: 実の両親80歳代と同居の3人家族
要介護者:実父(同居)


7年間。母と二人で支えた、父の在宅介護

実父が80歳代になったころ、オムツが必要になり、「要支援」ということで介護が始まりました。担当のケアマネージャーさんがついてくださり、母と私とで家での介護を始めることになったのです。

最初のうちは、母(同じく80歳代)がほとんどの介護を担ってくれて、私はその手伝い程度。けれど、父の体の動きがだんだん悪くなり、認知症も進むにつれて、私の出番も少しずつ増えていきました。

父は大きな病気をしたわけではありませんでしたが、少しずつ体が思うように動かなくなり、やがて完全に寝たきりの生活に。最後の数ヶ月は「要介護度5」と認定され、日々の介護はますます大変になっていました。

そのころには、母と私だけではどうにも手が回らず、オムツ交換を手伝ってくださる訪問ヘルパーさんや、訪問入浴サービスの方々の力をお借りして、なんとか毎日を乗り切っていました。ところが、介護疲れで母が体調を崩してしまい、「少しお母さんも休まないと」と、ケアマネージャーさんから提案が。そこで、父を介護施設にショートステイで預かってもらうことになったのです。

ところが――そのショートステイ初日の夜、父は静かに息を引き取りました。
老衰でした。約7年間にわたる介護の日々の、静かな終わりでした。

まだ父が家の中をゆっくり歩けていたころのこと。食事以外はほとんど寝ているだけで、夜になると眠れずに家の中を徘徊していました。外に出ることはなかったのが救いでしたが、いろんな「事件」があったものです。

パジャマやオムツを全部脱いでスッポンポンになってしまったり、冷蔵庫の中のものを一度にたくさん食べてしまったり、勝手にお風呂に入りガスを点けたまま空焚きしそうになったり……。トイレのレバーを2時間以上もカラカラと回し続けていたこともありました。
夜中や明け方、物音や気配に気づいて私が様子を見に行くと、父はわけのわからない理屈を言いながら、風呂場の前やトイレのそばに座り込んで動かないことが何度もありました。なだめたり、ときには少し叱ったりしながら、オムツや服を着せ直し、「もう寝ようね」と声をかけてベッドへ連れていったものです。

母は隣で寝ていましたが、昼間の介護で疲れ果てていて、父が動いても気づかないほどぐっすり。私はもともと夜型だったので、自然と夜の見守りと介護を担当することになりました。母と二人で昼夜を分け合いながら、どうにか日々を回していたのです。

母の入院、父の介護、仕事の締め切り…三重苦のなかで気づいた限界

 父の介護が始まってまもなくのころ、父の介護をほぼ一手に引き受けてくれていた母が、介護疲れもあり軽い脳梗塞で入院しました。さあ大変です。父の介護をする人間は私しかいません。加えて、家でフリーライターとして働く私には、運悪く別々の原稿2件の締め切りが同時に迫っていました。

父の唯一の楽しみは食べること。ほとんど体を動かさないのに驚くほどの大食漢で、起きている間は食卓に座り続けて、1日中食べていたいという人だったのです。好き嫌いも激しく、外食や出来合いの食事は好みません。自分で調理も買い物もしません。というか、できません。

そうなると、そのとき私がやらなければならないことは、文字通り山積みでした。父の3食と間食の調理、食材などの買い物、汚れ物の洗濯といった家事全般。さらに、父のオムツ交換や入浴介助などの介護。そして入院中の母の病院へ行き、洗濯物の世話なども。そこに、自分の仕事である原稿2件の締め切りが迫ります。

そこで、父の食事の調理頻度を少しでも減らそうと、うちにある一番大きな鍋(直径30センチ余り、容量約7リットル)に、大根や芋類などの野菜、練り物などを大量に入れておでんを作りました。炊き出し?という量だったので、大食いの父でもこれで2日くらいはいけるだろうと思ったのです。

しかし父は、これを一人で丸1日経たないうちに空っぽにしてしまいました。丼のような茶碗にごはんを山盛りにし、他のおかずとともに食べ尽くしたのです。

「もう全部食べたん?!」と大声を出す私に、「うん。おいしかったし」と父。例によって、1日中食卓に座り込んで、牛の反芻のように口をクチャクチャ動かし続けて食べきったのです。認知症の影響とはいえ、身体は80歳代の生身の人間。食べ過ぎによる体への影響も心配でした。

食事だけでこの状態です。介護、仕事、家事。やる前から、自分がやらなければならない大量の項目を頭の中で何行にもわたって思い浮かべ、それだけで私はへたりこみそうになりました。

頭が切り替わった瞬間に見えた、介護とはたらくを両立する道


母の入院、父の介護、私の仕事――。
一人でやらなければならないことがたくさんで、自分がこなすべき大量の項目を、まだやる前から事前に頭の中で思い浮かべ、「ダメだ!できない!」と、精神的パニック状態に陥りました。

しかし、こうなったら仕方がありません。優先順位をつけて、今自分がやらなければいけないことを一つ一つやっていくしかない。仕事の原稿の締め切りが最優先。介護や家事などは、できなかったらそれでいいと腹をくくりました。

そして夜中、パソコンに向かって原稿を書いている最中、ふと気がつきました。
それまで頭の中に常に充満していた「あれをしなければ、これもしなければ、寝るヒマもないじゃないか。私には絶対に無理!」という深刻な焦燥感や、父の介護や母の入院などの悩みがウソのように消えて、今、ただ目の前の原稿を書くことに、自分でも怖くなるほど強く深く集中していたのです。

一つの物事にこれほど深く集中したのは、生涯で初めてではないかという感覚で、自分でも驚きました。いつもより短時間でしたが、深い集中の成果か、あの時は仕事自体も自分の感覚として上手く進んだように思います。仕事を終えたときには、気持ちの良い充実感とともに「さあ次は父の介護だ」と、仕事をする前より気持ちも体も軽く、スッと立ち上がることができて、介護もサクサク進められました。

昔から「頭を切り替えろ」とアドバイスをいただくことがありましたが、私は性格的にウジウジしてしまうところがあり、なかなかうまくできずにいました。けれど今回、意図してそうしようとしたわけでもないのに、自然としっかり頭が切り替わったことに、自分でも本当に驚きでした。
火事場の馬鹿力という言葉がありますが、人間は追い詰められたとき、驚くほどの集中力を発揮して、今まさに目の前にあることだけに意識を向けられるものなのです。

このように、自然に気分転換や気持ちの切り替えができたことで、介護も仕事も、それぞれを単独で行うよりも、むしろ前向きで充実した気持ちで取り組むことができたように感じています。

通常の仕事を10の労働量と考えるとして、そこへさらに10の重荷である介護が上乗せされたら、20の重荷を背負うことになって私の心身は潰れてしまうのではないか。私はそう事前に想像して、やる前から恐れてパニックになっていたのです。
ですが、実際は10+10=20の重荷にはなりませんでした。

仕事も介護も、できなかったらできなかったでいいと腹をくくって開き直ったことが転機でした。優先順位をつけて、とりあえずまずは仕事を頑張ろうと集中して取り組むことで、その間は介護のことを忘れられたのです。頭が切り替わって気の持ちようが変わり、介護が「+10の辛くて大変な重荷」と感じられなくなった。それが、私の気持ちに一番近い説明です。

「仕事と介護の両方を行うこと」は、体力的には確かにきついです。ですが、気持ちのほうは事前に想像して恐れていたほどの辛さや苦しさではありませんでした。やる気が出てきて、気持ちが辛くなければ、物事は自然と進んでいくのです。気持ちの持ちようで、ここまで変わるものなのかと自分でも驚きでした。

もしあの時、仕事がなくて介護だけをしていたら、逆にもっと辛かったのではないかと思います。頭が切り替わるきっかけがなく、四六時中介護の悩みで頭がいっぱいになり、気持ち的に追い詰められて、父に強い嫌悪感や憎しみを抱いて怒鳴り散らしたり、介護を放棄したりしていたかもしれません。仕事があったからこそ介護もできた、母の入院という不測の事態も乗り越えられた、そう感じています。

まだ起こっていない未来のことを心配して、精神的に参って、やる気をなくすような取越し苦労をするなんて、私は本当にバカでした。これからやらなければならない物事の多さや大変さを、事前に勝手に細かく想像して、やる前から恐れ過ぎるのはやめよう。そう学習しました。

余計な取越し苦労をやめて得た、介護とはたらくを前向きに進めるコツ


私は勤め人ではなく、家で仕事をするフリーライターです。時間はかなり自由に使うことができます。介護のほうも、特に最初のころは母が中心になって父の介護をしてくれており、私は「手伝う」立場でした。

きっと世の中には、もっと大変な状態や環境で、長期間にわたって日々悪戦苦闘されている方々がたくさんおられるでしょう。ですから、私などアドバイスできるような立場ではないかもしれません。

それでも、ただ一つだけ、私自身の体験からお伝えできることがあります。
仕事や家事など、介護以外にやらなければいけないことに優先順位をつけて一つずつ、悩んでいる暇もないほど必死に集中して行っていると、その間は不思議と介護のことを忘れることができます。その結果、自然と頭が切り替わり、気持ちの持ちようが変わり、介護を「辛くて大きな重荷」と感じなくなるのです。

これは、実際に体験して初めてわかったことです。体験するまでは、「介護は心身ともに辛くて大変な、背負いきれないほどの重荷」という印象しかなく、そのイメージ自体を疑いもしませんでした。だからこそ、自分自身の中に起こったこの気持ちの変化には、本当に驚かされました。

また、私自身の性格からくる反省点もあります。仕事、介護、家事……やらなければいけない大量の項目を、やる前から頭の中で並べて思い浮かべ、「ダメだ、とても自分にはできない」と恐れて精神的に参ってしまう。これは「余計な取越し苦労」です。性格上、仕方のない面もありますが、そうした「余計な取越し苦労」はしないほうがいいと今は感じます。

未来を恐れ過ぎず、深刻になり過ぎず、「何とかなる」と少しでも気楽な気持ちでいましょう。そう、「何とかなる」と。

介護を始める前、私は自分がしなければいけない項目の多さと大変さを想像しただけで、「ダメだ、私にはできない」とへたりこみ、泣きそうになっていました。そんなヘナチョコで情けない私でも、同居していた実父の7年間に及ぶ自宅介護を、どうにか乗り切ることができたのです。だから、何とかなるのです。

「案ずるより産むが易し」「窮すれば通ず」。昔から言い伝えられてきたことわざは、やはり信じるに値し、強く、そして温かく背中を押してくれるものだと、今しみじみ感じています。

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